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Poem

死人創作SS

 ごとっ、と音を立てて落ちた。あたしの腕。床には右手で持っていたフォークと、それに刺さっていたケーキの残骸がべちゃりと広がっていた。

「……またなの」

 イライラしながら落ちた右腕を持ち上げて、今日も彼の部屋へ向かう。彼、彼女、どっちで呼ぶのが正しいのかは知らないけど。あたしには別に関係ない話だし。

「ティト」

 部屋の前で声をかけると、すぐにはぁいと返事があった。どうせ彼もあたしだってわかっているだろうと思い、ノックもせずにドアを開ける。ドアの先にはいつもの彼の顔があって少し安心した。

「取れたわ」

 我ながら無愛想な声で話しかけていると思う。でも、実際イライラしてしょうがないし、こんな声色にもなってしまう。自分の右腕を左手で持って差し出すなんて行為、恥ずかしすぎる。同じことを何度やれば気が済むのかしら、あたしの体は。

「あら、大丈夫? 最近よく取れるわね」
「……そうね」
「ちょっと強めの糸のほうがいいかしらね」
「そうしてちょうだい」
「はいはい」

 彼――ティトは男のくせに女みたいな格好をして、女みたいな喋り方をする。理由なんてどうでもいいし、興味もない。ただ、あたしにはそれが心地よく感じられるっていうだけ。普通の男なんて気持ち悪いだけだから。

「これ取れるの、いい加減どうにかなんないわけ?」

 ティトはあたしの腕……じゃなくて肩かしら、優しい手つきで持ち上げて台に乗せてくれる。落ちた右腕も綺麗に拭いてくれて、それからいつも通りの丁寧で素早い手付きで縫い始めた。そんな優しい彼にあたしはついつい文句を言ってしまう。彼のせいじゃないのはわかっているのに。どうにもならないのなんてわかってるけど、言わずにはいられない。

「そればっかりはアタシに言われてもねぇ。ごめんなさいね」

 ふふ、と微笑みながら言ういつもの台詞。ティトは何も悪くないのに、いつもあたしの目を見て謝ってくる。そんな彼にあたしは甘え続けてしまっているのだろう。つい文句ばかり言ってしまう自分の性格に少し胸が痛む。

「……ま、そりゃそうよね。早く終わらせて」
「もう、せっかちねぇ。イライラしてるとせっかくの美人さんが台無しよ」

 ティトはいつもそうやって言うけれど、あたしは自分の顔も体も大嫌い。本当に嫌い。死ぬ前も嫌いだったけど、生き返ってからはさらに嫌い。

「ふん、顔なんて何でも一緒よ。目と口と鼻があれば」
「いいわねぇ、美人さんは。皆、なりたくてもなれない顔があるっていうのに」
「それなら顔が原因で一度死ねばいいのよ」

 そう、あたしはこの見た目のせいで死んだ。ずっとストーカー被害を受け続けて、警察に言っても何もしてくれなくて、挙げ句の果てに誘拐されて……殺された。どうやって死んだかなんて思い出したくもない。犯人の顔は思い出せないけれど、目がギラギラと血走って光っていたことだけは覚えている。
 一般的に見てあたしは美人だって、綺麗だって、自分でもわかっている。でもずっとそればかり言われ続けてきたから、もうそんな褒め言葉は聞き飽きて鬱陶しいくらい。さらにそれが原因で死ぬんだから良いことなんて一つもない。……それに、あたしのことを『美人さん』だなんて呼ぶけれど、ティトだって中性的な美しい顔をしている。元々役者をやっていたらしいし、あんただって当たり前に『美人』なのよ。

「ふふふ、死んだ恨みは怖いわね。はい、もう終わったわよ」

 そう言ってティトは歯でぷちりと糸を切った。

「……いつもありがとう」
「また取れたらいつでもおいで」
「……うん」
「とは言っても、いつもより強めの糸だしきっとしばらくは取れないわよ」
「そうだといいけど」
「アタシがやってんだから平気よ」
「……そうね」
「じゃ、オヤスミ、キトリー」

 おやすみって言ういつもの彼の声。あたしはいつもおやすみって普通に返事して部屋を出る。でも、今日は彼の『オヤスミ』を聞いたらなんだか甘えたい気分になってしまった。こんなこと、普段はないのに。もうちょっとだけ傍にいたいだなんて思ったことも言ったこともない。

「……キトリー?」

 返事をしないあたしの顔を不思議そうに覗き込んでくる。どうしたのよ、と続けながら頭を撫でられて、つい、あたしは――。

「今日は一緒に寝て」

 彼が驚いた顔をしてあたしを見つめている。自分でもびっくりした。こんなこと言ってしまうなんて思ってもみなかった。こんなの、まるであたしがなんだかすごい寂しがり屋みたいじゃない!

「……ごめん、嘘、嘘よ。戻って寝るわ。大丈夫。おやすみなさい」

 慌てて取り消すものの、言った言葉が消えないなんてわかりきっている。自分じゃないみたいな台詞を言ってしまったことが恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じる。

「キトリー、待って」
 急いで部屋を出ようとするあたしの腕を優しく掴んで彼が引き留める。でもあたしは顔をあげられない。彼の顔が見られない。

「アタシ、体は男よ? それでもアンタが怖くないって言うんなら、別に良いわよ。アタシの部屋で寝ていけばいいじゃない」

 そういう夜もあるわよ、と彼は微笑む。そんな優しい顔にあたしはまた甘えてしまって、思わず彼に抱きつく。

「あんたは……ティトだけは怖くないわ。少し寂しくなっちゃっただけよ。本当に大丈夫。……それにこの部屋で寝たらあんたの“弟”に怒られそうで怖いしね。ありがとう。あたし、あんたのこと、好きよ」

 ティトは片手をあたしの体に回し、片手であたしの頭を撫でてくれる。彼の香りがあたしを包み込んで、それだけであたしの寂しさが和らげられてしまう。

「わかったわ、キトリー。眠れなくなったらいつでもここに来ていいのよ。オヤスミ」

 頭に軽くキスを落とされる。あたしは小さな声でうん、と返事をして、おやすみなさい、と今度こそ彼の部屋を出た。一瞬の安らぎを得た結果、自分の部屋に戻るのがまた寂しく感じられてしまう。けれど、まだ彼の香りがあたしを包んでいるから安心する。

 部屋に戻ると、さっき腕が落ちたときに一緒に落ちたケーキの残骸が残っていた。嫌なことは忘れてたのに。片付けるの面倒くさいし、明日オスカーにやらせればいいわ……。
 布団にそのまま潜り込むと、あたしはあっという間に眠りに落ちていったらしい。気づいたら朝になっていた。彼の香りは既にあたしの体から消えていた。
ケーキの残骸、あたしの腕


登場キャラクター
キトリー=ダ―ルマン
ティト=オルタ



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